東京大学(東大)は6月12日、金沢大学・九州大学・堀場製作所と共同で、燃料電池の生産開発に資する自動実験・自律探索システム「FC-ROPES(ロープス)」を開発したと発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科 機械工学専攻の長藤圭介教授、金沢大学 理工研究域 機械工学系の辻口拓也教授、九州大学大学院 工学研究院 化学工学部門の井上元教授、堀場製作所の中村博司シニアコーポレートオフィサー(常務執行役員) CTOらの共同研究チームによるもの。
燃料電池は、水素と酸素の化学反応で直接電気を生成する、二酸化炭素の排出がないクリーンな発電装置だ。それを搭載した燃料電池自動車(FCVやHDVなど)や定置用燃料電池発電機は、今後の水素社会を実現するために不可欠な存在だ。
ただしその普及には、燃料電池自体のさらなる高性能化と低コスト化が必須であり、特に複雑な材料と製造プロセスを持つ燃料電池では、品質・コスト・納期の鍵を握る生産技術開発の加速が課題だった。その解決策の1つとして、「ラボラトリーオートメーション」と呼ばれる自動実験・自律探索システムの活用が期待されているが、これまで粉体膜プロセスを対象として実生産を想定したシステムは存在していなかった。そこで研究チームは今回、その課題解決を目指して自動実験・自律探索システムの開発を目指したという。
今回の研究は、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が2023年3月に公開した「FCV・HDV用燃料電池技術開発ロードマップ」で示された、「触媒層生産技術における高品質塗工面形成技術の確立」および「PI(プロセス・インフォマティクス)を用いた材料・プロセス探索に関する課題」に対応したものだ。
その中で、燃料電池生産技術開発の自動実験・自律探索システム「FC-ROPES」のうち、塗布乾燥工程に特化した「塗布乾燥ROPES」が開発された。これは、「ダイコータ」(塗工装置から塗工液を押し出して基材にコーティングする装置)での触媒インク塗布と熱風乾燥での触媒膜乾燥を自動的・自律的に行えるシステムだ。なおFC-ROPESのROPESとは、「Robotic Objective Process Exploration System」の略で、ロボットとヒトが協調するプロセス探索システムを意味する。また、英語で「コツ」を意味する“The ropes”にも由来する。
研究チームによると、塗布乾燥ROPESの開発では、主に以下の3点が要求機能として設定された。
- 通常のエレベータでの搬入出に対応
- 少量小型サンプルのハンドリングに対応
- 実生産ラインと同じ物理現象の再現
これらの要求機能に対し、それぞれ以下の設計が実現された。
- プロセスラインと評価ラインの連結
- 1cm×1cm枚葉式サンプルの採用
- ディスペンサと多段階炉で実生産ラインのスケールダウン
塗布乾燥ROPESを用いた自動実験では、1サイクルタイムあたり計10分と設定。これは、17時間で100サンプルとデータ作成が可能になる。内訳は以下の通りだ。
- 乾燥炉安定化:平均約2分
- 乾燥時間:約6分
- 評価計測時間:約1分
- 基板準備・基板ストア:約1分
自律探索の実証では、「ベイズ最適化」手法が採用された。これは、限られた試行回数で効率的に最適解を探索する機械学習の最適化手法だ。その結果、約500ものパラメータ候補の中からわずか24回の試行で、スキン層形成ステップと再配列ステップからなる2段乾燥工程の最適な組み合わせが発見された。
塗布乾燥ROPESは、これまでの研究開発を高速化に加え、実生産ラインの設計・稼動・管理における“スケールアップの谷”を超える、「第2の高速化」にも貢献するといい、研究チームは今後、今回の研究成果を、日本の燃料電池システムメーカーだけでなく、材料メーカーや生産設備メーカーにも活用してもらうため、受託試作計測ビジネス化やROPES自体の商品化を目指すとした。
今回、自動実験・自律探索が実証されたのは塗布乾燥工程だ。しかし、その上流工程であるインク調合、つまり「混合分散ROPES」に関する自動実験・自律探索、そして塗布乾燥ROPESと組み合わせた一貫生産技術開発の実証を目指すとする。これは、次期NEDO事業「水素利用拡大に向けた共通基盤強化のための研究開発事業」において、「生産技術のためのプロセスインフォマティクスプラットフォーム」として取り組まれる。なお、今回の成果と次期事業は、NEDOが2025年2月に公開したロードマップに掲げられている「DX技術開発による研究開発力向上」に資するテーマであり、2035年のFCV・HDV用燃料電池の性能目標の達成に貢献するとしている。