東京大学(東大)と筑波大学の両者は6月24日、脳の最深部にあり、脊髄とつながる重要な部分である「脳幹」に存在し、レム睡眠中に特異的に活動することが古くから知られていた詳細不明なニューロンの正体とその役割を解明したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 理学系研究科 生物科学専攻の荒井佳史大学院生(研究当時)、同・林悠教授(筑波大 高等研究院/筑波大 国際統合睡眠医科学研究機構 客員教授兼任)らの研究チームによるもの。詳細は、米国神経科学会が刊行する公式学術誌「Journal of Neuroscience」に掲載された。
レム睡眠中の神経細胞に関する謎が明らかに
ヒトを含むほ乳類の睡眠は、レム睡眠とノンレム睡眠に大別される。レム睡眠は、身体は休息しつつも急速眼球運動(REM)を示すなど、脳が活発な状態であり、鮮明な夢を見やすい。対照的に、ノンレム睡眠は脳が休息する段階である。
近年の研究から、高齢者においてレム睡眠の割合が少ないと、認知症や心不全のリスクが高まることが報告されている。また、夢の内容を現実の動作に反映してしまう「レム睡眠行動障害」は、パーキンソン病の前兆として現れる場合があり、同疾病の進行に伴い、レム睡眠そのものが失われることもある。これらのことから、レム睡眠の異常がさまざまな疾患と関連する可能性が示唆されているものの、その仕組みや役割には未解明な点が多い。
レム睡眠の謎を解く鍵として、レム睡眠中のみ活動する「レム-onニューロン」が注目されている。これらニューロンは、呼吸、血圧調整、排せつ、睡眠といった生命維持に不可欠な機能を司る脳幹に分布。レム睡眠の開始と共に発火し、睡眠の終了まで活動を続けることは以前から判明していたものの、その細胞の正体や具体的な役割は未解明だった。
研究チームはこれまで、脳幹の細胞群「CRHBP陽性ニューロン」が、マウスのレム睡眠開始や維持に重要であることを報告してきた。このニューロンは、脳幹の一部に点在し、タンパク質「コルチコトロピン放出ホルモン結合タンパク(CRHBP)」を持つ点が特徴だ。
CRHBP陽性ニューロンは、その活動を高めるとレム睡眠が増加する一方、失われるとレム睡眠の減少やレム睡眠行動障害を引き起こすことが、研究チームのこれまでの研究から判明していた。このことから、同細胞が正常なレム睡眠維持に極めて重要であることが示唆されていた。しかし、この細胞群の正確な活動パターンや、レム-onニューロンとの同一性は未解明だった。そこで研究チームは今回、最新の神経記録手法である「Opto-tagging法」を用い、生きたマウスの脳からCRHBP陽性ニューロンの活動を1細胞ずつ詳細に記録、調査したという。
Opto-tagging法は、特定のニューロンに光反応性タンパク質を発現させ、光照射による反応するかどうかを見ることで、狙った細胞を識別する技術だ。この手法により、生きた脳内での細胞活動を正確に記録することが可能となる。従来は困難だった特定の細胞をターゲットとしてその活動を記録することは難しかったが、この手法によって、狙ったニューロンの活動を効率よく捉えることが可能となったのである。
Opto-tagging法を用いてCRHBP陽性ニューロンの詳細な活動調査の結果、その多くがレム睡眠-onニューロンの発火パターンと一致することが判明した。これは、長年正体不明だった「夢を見るスイッチ」に相当するニューロンの実体が初めて確認され、レム睡眠の制御に深く関わることが実証されたことを意味する。
CRHBP陽性ニューロンは、レム睡眠に異常があるパーキンソン病患者の脳で失われていることも判明している。今回の研究は、レム睡眠の仕組みをより深く理解する道を開き、将来的にはレム睡眠の異常が関わる疾患の予防や治療への貢献が期待されるとしている。